先進医療の発達

空想じみた発想ではあるが、先進医療が極限まで発達した未来において、人間は自分たちをどう定義するのかという議論がある。

IPS細胞などで人間は臓器のレベルならばほぼ完全に交換などができるようなロードマップが想定されている。

先進医療の画像

これは極論すれば「人間の体がある程度コントロールできるようになった」というふうに言い換えることもできる。

それではその状況をさらに推し進めるとどうなるのか。

脳の損傷を培養したクローンの神経細胞を移植することで損なわれた機能を取り戻す。まことに結構な話だ。

ではそれが思考や考えに対するものまで行き着くとそれを規定し、制限するものは何になるか、ということになる。

脳の微細な損傷や差異によって、学習障害やアスペルガーなどの「病い」を治すことが是とされるとしよう。

それではそこから「その社会が不適切であるとさる思考や行動」を「治療」すべきかどうか、というところまでいくと非常にデリケートな問題になる。

「自分がなりたい自分」になれる。脳の改変によって。しかしそれはどこまで倫理的に禁止されるべきで、どこまでが個人の望みによる可能性の拡張として容認されるべきなのか?

これは自分たちが当然のものと考えてきた「人間性」を正面きって言葉にして、議論しなければならない時代はすぐそこまできているのかもしれない。

 

わきが対策

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